SHEOL

夕日に染まり、オレンジになった待ち合い室にいた人たちの顔には、
まるで生気が感じられなかった。
その中に彼女――異澤那海(イザワナミ)――はいた。
学校ではまるで彼女の周りだけ空気が腐敗しているように感じられ、
彼女だけが死人のような異質な雰囲気を持っていた。
だが、ここにいるのは彼女と同じ、生気のない人間ばかりだ。
大きな声で何事かを喋りながら自分の膝の上でミニカーを走らせる幼稚園児くらいの男の子と、
それをなだめる母親だけが生きた人間のように思えた。
男の子の指の関節は痛々しくひび割れ、ただれたようになっている。
皮膚科医院の待ち合い室とはどこもこんなものなのだろうか、
それともこの比良坂皮膚科医院だけがこういう雰囲気なのか、
初めて皮膚科医院を訪れた僕には判断が付かなかった。
僕は別に、皮膚病を患っていたワケではなかった。
耳にピアスの穴を開けようと思っていて、念のために金属アレルギーのテストを受けに、
近所の皮膚科医院を訪れただけだった。
暗くて目立たなくて友達もいなさそうで、
でも特に虐められたり忌避されたりしているワケでもない、
異澤那海という女子を、何故かその時をきっかけに意識するようになった。
異性として、というのではなく、彼女や待合室の患者たちが持つ奇妙な雰囲気が
ずっと心に引っかかって気になっていた。

A PAST AND FUTURE SECRET

昔から他人よりワンテンポ遅れた人間だった。
俺が初めてラジコンカーを買った時、クラスメイトたちは既にラジコンに代わる
新たなオモチャを見付け、徐々にラジコンでは遊ばなくなってきていたし、
俺が昼休みのサッカーに加わわるようになってから、
だんだんとサッカーに参加する人数は減っていった。
異性を意識するようになったのは高校生の頃、恋愛に興味を持ったのは大学に入ってから。
音楽にのめり込むようになったのも大学に入ってからで、
しかもそれは20年前に流行ったスタイルの、今となっては最高にダサい音楽。
ギターを買ったのはその5年後。捨てたのはその半年後。
周りの奴等が学園祭でバンドをやっていた時には微塵も興味がなかったのに。
酒を初めて飲んだのは会社の新入社員歓迎会、初めて記憶を飛ばしたのは2ヶ月前。
この歳になるともう、誰も記憶が飛ぶような無茶な飲み方はしない。
つい最近になってタバコを吸うようになったら同僚が禁煙を始めた。それも、3人同時に。
またか。
一人は、どういうワケだかは知らないが、医者に止められたらしい。これは仕方ない。
もう一人は嫁にやめろと言われたらしい。そういうことは結婚する前に言わないか、普通。
最後の一人は「体に悪いから」だとか。なかなか笑わせてくれる。
体に悪いのなんか初めから分かっていただろう。
どうせまたすぐに吸い始める癖に。
俺なんか恋愛すらマトモにしたことがないのに、結婚している奴がいる。
俺がようやく結婚する頃には既に離婚しているに違いない。
それで、俺が離婚して、ほとほと女に懲り果てて
もう二度と結婚なんかしないと心に誓った頃には、
コイツは再婚して幸せな家庭を築いていやがるのだろう。
ふざけた話だ。考えただけで胃がムカムカする。
俺がやっと定年退職して、自由な時間を得た頃には、お前等は全員墓の中にいるのだろう。
何故俺を独りぼっちにするんだ。
俺が墓に入る頃には、お前等はすっかり土に還って、
全く別の物質となってこの星を循環しているのだろう。
どうしていつも俺だけ置いてけぼりなんだ。
吐き気がする。

夢☆ファンタジー(メイドさんのお話4/4)

メイドさんが生き返る気配はない。
失敗だろうか。
しかし、失敗したからといって落ち込む必要はない。
どうすれば成功するのか考えればいいだけだ。
いつかどこかで誰かが言った。目標に向かっている限りはいつか目標にたどり着く、
何故なら"向かっている"のだから……と。
その通りだと思う。
そして失敗が成功への一つの一里塚だと考えれば、
落ち込むどころか希望の光で胸が満たされてくる。
今のメイドさんには何が足りないか。
血が足りない。いくら心臓が動こうとも血がなければ意味がない。
血液は生物の燃料だ。
そうだ、動くには燃料が必要だ。答えは、案外あっけなく導き出された。
俺は玄関から灯油が入ったポリタンクを引き摺ってくると、
電動給油ポンプをメイドさんの喉奥にしっかりと挿し込み、
抜けないようにグッと左手で押さえつけたまま右手でスイッチを入れた。
ゴボゴボと音をたてながらメイドさんの身体に灯油が注ぎ込まれていく。
メイドさんの喉からはすぐに灯油が溢れてきたが、
どうもメイドさんの身体に灯油がきちんと入っている気がしなくて、
部屋が汚れるのを覚悟でそのまま給油し続けた。
メイドさんの身体がグチャグチャに灯油浸しになって、
メイドさんを中心に灯油溜まりがじわじわと広がるのを見て、
さすがにもう充分だろうとスイッチを切った。
メイドさんは動かなかった。
待てども待てども動かなかった。
じっと待つ内にすっかり明るくなって、腹が空いてきた。
何か食べに行こうか。
このメイドさんをどうしよう。
今は考えないことにした。
飯を食べている間にメイドさんを生き返らせる新たな案が思い浮かぶかもしれないし、
飯を食べて帰ってくる頃にはメイドさんが目を覚ましているかもしれない。
そう考えて、血と灯油でグチャグチャになった格好のまま、部屋を出た。
太陽の光が眩しく、スカイブルーの爽やかな風が頬を撫でた。

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